中庸」という言葉をご存知ですか。儒教の教書である「四書」うちのひとつにこの名前がある。意味は、偏ることなく、常に変わらないこと、過不足がなく調和がとれていることである。このことが大事であるということはどんな世界でも言えるのだが、ITのところで考えてみましょう。

システム屋さんって、どちらかというと"反"中庸の人が多いような気がしませんか。自分の流儀や好きな技術に偏るし、新しいトレンドにすぐにとびつくし、うまくバランスをとることが苦手なように思えます。中庸というのは足して2で割るということではなく、両方のいいとこどりといった意味なので、自分が好きではないものもよければ使う精神が大切である。

だから、中庸的なシステム構造、中庸的なシステム開発がどうしたらできるのかを考えるのは意味があると思うのである。システム構造でいえば、昔から較べると今はSOA的な指向が出てきてインターフェースさえあればうまくサービスコンポーネント組み合わせてバランスをとれるようになった。別な言い方をすると、中庸的な組み立てをしないとSOAをやる意義はないということでもある。

一方のシステム開発の局面をみてみると、まずは開発アプローチでデータ、プロセス、機能のそれぞれでどうやるかの議論があるが、どれでなくてはいけないというのではなく、ここでも調和させてやることが大事になってくる。何でもDOAでやるべきではないし、パッケージ開発だけでやるべきでもない、もちろんプロセス志向だけでいいというわけではない。

このブログでは、プロセス中心アプローチを推薦しているじゃないかと言われそうですが、それだけだとは言っていない。ビジネス活動の部分においてはプロセスから考えることを推しているが、リソースデータの管理についてはDOAでやるべきだと言っている。リソースデータというのは、個別のプロセスとは関係なく会社全体で見渡すべきで、会社としてビジネス活動を行う資源にはどんなものがあって、どういう能力があるのかをつかむためにあるからである。ですから、リソース系のデータはDOAで、イベント系のデータに関しては、プロセスから考えるべきなのである。こうした中庸的な見方が必要である。

また、業務システムの開発アプローチで上流から下りてくるトップダウンアプローチとシステム構造から迫るボトムアップアプローチがあるが、ここでも同様に両者を融合した取り組みが重要である。このことは本ブログでも何度も取り上げていてそれをハイブリッド型アプローチと呼んでいる。実は、ハイブリッドとは中庸の精神であると思いだしている。

要するに、多くは2項対立的な世界にあるわけでその時どちらか一方に偏ってはいけないのであって、2項のバランスというか組み合わせといったことをよく考えることがシステムを作る上でも大事になってくるのである。
  


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This page contains a single entry by Masanori Wada published on January 30, 2012 10:15 AM.

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